果実が腐るまで

大人になったフリ

2018年

今日で終わりますね。

今年も本当に色んなことがありました。今までで1番働いて遊んだ年でもありました。上半期は病んでいましたが、トータルで見たら泣くことも悲しいこともあまりなく楽しく幸せに過ごせたのではないかと思います。

今年の私は去年の私より肝が座っていたというか、強くなりました。今まではこれでいいと口では言いつつもどこか自信が持てず不安になることも多かったですが、周りが何を言おうが私が良いと思ったら正解だと思えるようになりました。周りの評価を気にして生きるのは疲れます。すぐ不安になります。評価されなかった時、自分の存在価値がないように感じます。ずっと意味があるものだと思っていたけれど、本当に私が欲しかったのは評価そのものではないことに気が付きました。

私はなりたい自分になってやりたいことをして、理想を追い続けたい。そうすることによって自分に満足する日はもしかしたら来ないのかもしれない。それでも、色んな場所に蔓延している「常識」「普通」「身分or年相応」になんとなく流されて、自分はこの程度だと何かを諦めてしまうことはしたくないです。死ぬ間際に「めちゃめちゃ楽しい人生だったわ!最高!」となんの後悔なく死にたい。

こんなに好き勝手な私が安定した精神で過ごせたのも見守ってくれている皆さまのおかげです。私から生きるヒントや新たな考え方をもらったとたくさんのお言葉を頂きましたが、もらっているのは私の方です。先程周りからの評価はたいして重要ではないとカッコつけましたが、あれは嘘です。私を評価してくれる人が一人もいなかったら生きていけません。会いに来てくれる人がいなかったら活動できません。いつも笑顔や元気をもらっているのも私の方です。今の私を認めてくれてありがとう。これから何かで返せるように努力しますね。

2018年、本当に良い年になりました。来年も宜しくお願いいたします。

さっちゃん感想

ユカリフジでした。萌夏さん作・演出の舞台「さっちゃん」感想です。観劇してからずっと感想が書きたかったけど書ける気がしなくて、思い立つまで時間がかかりましたが、私の中に残しておきたいので書きます。私の勝手な解釈を含みます。

 

 電車の中で痴漢にあっている女子高生を助けたのは、彼女が憧れているゲイビデオのモデル、カズマだった。同じ日に、女子高生と昔同じクラスだったという「さっちゃん」が現れる。しかし、「さっちゃん」は明らかにあの時の同級生とは別人である。何故かカズマ(臼井徹也)に接触していく「さっちゃん」の正体は…?

 

 最初のシーンから気が重くなった。社会でうまくやっていけないやるせなさ、何の為に頑張ればいいのか分からない不安。彼女の着ていたサイズの合っていないブカブカのスーツが、それを表しているみたいだった。

 女子高生が「さっちゃん」に惹かれるのは必然だと思った。「さっちゃん」は女子高生にないものを持っているから。明るくて、好きな服を着ていて、やりたいことを素直にできて、思ったことをはっきり言える。周りからどう思われるかを気にしていない。自分に自信がない女子高生と正反対のキャラクターだ。

そんな「さっちゃん」は臼井徹也を脅してカズマとしてゲイビデオにもう一度出演させようとする。臼井徹也は現在は公務員として働いており、当然拒否する。しかし「さっちゃん」は彼の弱みに漬け込んで無理やり希望を叶える。

女子高生は林からDVを受けていた。過去の弱みを握られていて、抵抗するも金を巻き上げられ殴られて床に崩れ落ちる。そんな中での彼女の心の支えが画面越しのカズマくんだったのかもしれない。

このあたりから嫌な予感が止まらなくなった。さっちゃんはもしかして本当はいないのかもしれない。女子高生は絶対に学生ではない。

 

この物語は、女子高生とDV男の林しか最初から存在していなかった。臼井徹也も林との繋がりがある以上実在はしているが、女子高生と直接の繋がりはない。「さっちゃん」は女子高生になりきった社会人の彼女がつくりだしたもう一人の自分だ。

 

「さっちゃん」は臼井徹也にカズマを否定するなと叫ぶ。女子高生はカズマがゲイビデオに出たことをきっと後悔しているはずと思い込み、彼に同情する。それに対して臼井徹也はカズマであった過去を否定しない。この構造に震えた。

「さっちゃん」が女子高生に『いつでも正しい貴女が好きだよ』と言う意味。彼女にとって正しいか正しくないかが重要なのだ。自分がどうしたいかではなく、とにかく正しくないといけない。それが彼女が自分の人生を生きにくくしている原因なのに。

 

 登場人物が全員わたしで、怖かった。

男からの欲情に嫌悪するも抗えない、集団行動が苦手で引っ込み思案、好きなものに盲目、自意識過剰な女子高生。そんな自分が嫌になってなりたいと思ったのは性に奔放、行動力がある、冷静に物事が判断できる、自分の心に素直な「さっちゃん」。

自分は同性愛者ではないと自覚しながらも、ゲイビデオに出る決断をした臼井徹也。自分の汚い部分を見ないふりをして「普通」を語る林。

全員、わたし。逃げられなかった。

 

「自分がどうしたいのか分からない」臼井徹也の感情が1番リアリティがあったかもしれない。普通であろうとしたいけど、普通ってなんだろう。やってることが全部バレたらどうしよう。彼も自分の正しさと戦う人だと思う。自分はこういう人間です、とはっきり断言できる人が私には理解できない。

世の中には色んなことを考えずにすんなり飲み込める人と、飲み込もうとしても全てがつっかえてしまう人がいる。

ラストシーンの後、さっちゃんじゃない彼女が希望を持って生きてくれたらいいなと思った。

 

このように私がえぐられすぎたのは、出演者の皆様の演技が自然で素晴らしかったからです。萌夏さんを始めスタッフの方々の頑張りがあったからだと思います。みんなで何かをつくるっていいなぁ。私も頑張らなきゃな。

どんな映画よりも本よりも、今の私に響きました。優しく肯定されました。観に行ってよかった。

レズショーに出た話

久々のブログです。

先日、蕨のSM大会にて結奈美子さんとレズショーをやらせて頂きました。なぜ私があのようなスゴイ方とやらせて頂くことになったかというと、偶然お会いして声をかけて頂き、是非お願いしますと答えたことがきっかけです。私はつくづく運が良いです。

 

正直な話、正式に出演が決まってから私は憂鬱でした。どう考えたって、私のような素人があんなに有名な方のペアなんて不相応です。結さんのお話は周りからよく聞いていたので、その人達に比べたらファンとしても歴が浅い。本当に私で大丈夫なのか。結さんと見に来てくれるお客さんをガッカリさせないだろうか。しかし何かできることも特になく、時間だけが過ぎていきました。

 

ショーの前日に久々に結さんにお会いして打ち合わせをした時に「テーマは特にない。楽しくやろー!」と結さんが元気よく言ってくださり、変に構えていた私は拍子抜けして肩の力が抜けました。

 

当日のレズショー。あれで大丈夫だったかな?

私なりにM女はどうあるべきか考えてみると、攻め手の アクションを素直に受ける、が1番大切なのではないかと思います。ショーだからこういう風に自分を見せよう、という気持ちはありません。人前でもプライベートでも、行為に対する私の反応は変わりません。

自分は男性から攻められないと興奮できないのではないかと思っていましたが、違いました。ショー中に見た結さん、女性でも男性でもなくて、性別とかどうでもよくて、目が合った瞬間にブワーっと何かの脳内物資が分泌していました。私は自分に気持ちを向けてくれる人の攻めでしか感じないんだと思います。

4回目のショーは本当にすごかった。私の涙は嗚咽からだけではなかった。ショーなのに、結さんの性癖をものすごく感じました。私もお客さんとして見たかったなぁ笑

 

不安だったオープンショー。私は結さんみたいにはできないとキョドり気味でステージに乗ったのですが、お客さんと結さんがものすごく暖かくて救われました。今までオープンショーをやった中で1番楽しかったです。そしてなんだかんだ言って今までは義務的にやっていたのだと気づきました。

「自分で盛り上げて楽しくやっていると、お客さんも必ずついてきてくれる」の意味を実感しました。ショーの評価や気遣いとしてではなく、笑顔で楽しんでくれて思わずチップを出したくなるオープンができるように私もなりたいです。それ以外にも自信を持ってステージに立てる何かがほしいです。

 

 準備と楽屋と舞台。私は去年から劇場の経験も少しだけしていますが、自分の無知さを痛感しました。今まで知らなかったことを知ることができて大変勉強になったのですが、結さんに色々気を遣って頂いてたくさんご迷惑をお掛けしたと思います。

 

今回ご一緒させて頂いて、結さんの芯が強く、ピュアで可愛らしくて感情豊かに生きているところにとても惹かれました。私がこのような機会を頂けたのも、結さんの器の広さと優しさのおかげです。私なんかが「姐さん」って呼んでいいのか分からず、みんな呼んでる楽屋でしか呼べなくて、さらに挙動不審で申し訳なかったです。

素敵な人に出会えて私は幸せです。そして、今回のショー出演、とっても楽しかったです!出て良かったです!

本当にありがとうございました。

 

おまけ。最終的に無難にしたけど、最初結姐さんが私のサインを考えてくれました笑
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やりたいことをやる

私が生きていく中で大切にしたいことのひとつに「後悔しない選択をする」があります。今までどんなことで後悔したか、思い返してみると後悔ランキング1位は「やりたいことをしなかった時」かなと思います。買って後悔するよりも大抵買わなかった後悔の方が大きいし、やって失敗するよりもやらずに何もしなかった時の方が自分を情けなく思います。

 

子どもの頃から注目を浴びたり人より目立つのが苦手でした。自分の感覚が他と違っている自覚はありましたが、それより少数派になって周りから浮くのが怖かった。人と違うと周りから変に思われるんだ、と感じた時からできる限り普通にしようと意識していました。親からも常識的に、普通にしなさいと言われて育ちました。色々なことに対して「普通とは?」と考える日々を過ごしました。

それでも考えても分からないことばかりで自分が思うように振舞ってしまう時もあり、学校のクラス内では目立っていたと思います。影でバカにされたり、死ねと書かれた紙が机に入っていたこともありました。誰かに失礼な態度を取ったり故意に傷付けるようなことはしていません。元々内向的な性格だったので、目立ちたくてやっていたのとも違います。やっぱり「普通」じゃない人は「普通」の人達から異物として排除されるんだと思いました。

 世間の人達が当たり前に使う「普通」が私には分からなくて、押し付けられるのが苦しくて、それでも私の頭の中の片隅では「普通」でいなくてはいけないという意識があって、長い間無理をしていました。

 

ついこの前、付き合っていた人に私のやっていること、価値観、人格を否定されました。悲しかったですが、私のことを否定するような人は私のこれからの人生には必要ないなと思いました。私はやりたいことをやっているだけなのに。それによって人を傷付けたり誰かに迷惑をかけたりしていないし、私のしていることを相手にやれと押し付けたり、理解しろとも要求していないのに。自分が被害を受けたり何か失うわけでもないのに。どうして人のことにそこまで干渉できるのか私には理解できなかったです。

私は相手の理解できない気持ちも尊重していきたい。しかし、理解できないからといってそのことを否定したり、理解できないことをしている人を傷付けていい権利が相手にあるとは思えません。普通じゃない、おかしいと様々な罵声を浴びせられても、自分はそんなこと言う立場にならなくて良かったとしか思いませんでした。

 

「普通」はそんなことしないからしている方がおかしいなんて、だから何なんだよと思います。結局「普通」なんてそれを振りかざす人の個人的な感覚に過ぎなくて、自分が言いたいことを都合よく「普通」として人に押し付けているだけだと思います。本来なら自分の意見として言えばいいのに、ぼんやりした「普通」を理由にするしかできないなんてどれだけ思考能力がないんだよと思います。

私が怯えていた「普通」は最初から存在していなかったことに気付きました。自分の要求を通したい人が「普通」を理由に私に押し付けていただけでした。

 

それなら私は普通じゃなくても平気。

人にどう思われるかなんて気にしないで、やりたいと思ったことを素直にやりたい。やりきって後悔ないと確信できる人生にしたい。

人の性癖に事故を起こしたくなった話【2回目のSMショー】

SMショーデビュー後、また酔った勢いで伝次郎先生に2回目の出演をお願いした私。快諾していただき、さぁ次はどうしようかと考えて目標を立てました。

 

人をたくさん呼ぶ。できればSMショーを見たことがない人に見てもらう。知らない人に何かを感じてもらいたい。

 

どうせ出るならただ出演するだけではなく、たくさんの人に見てもらわないと意味がない。今回は自分のできる範囲で宣伝してみて、どれだけ呼べるかやってみようと思いました。

まずはフライヤー。イベント内容的にその世界をよく知らない人はかなり行きにくいかと思います。ということは、イベントの日時を知らせるより「見に行ってみようかな」と興味を持ってもらえるかどうかが重要だと思いました。

細かく注文せずに知り合いに作ってもらったのですが、私の意図を汲んでくれたかのような仕上がり。何かすごいもの見られるんじゃないか感満載。私のtwitterの呟きを勝手に載せる自由さ。

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何人かに頼んで色々な場所で配布してもらいました。定期的に行っているショーなので毎回配布しているフライヤーもあるのですが、今回は私ver.フライヤーが人気だったみたいですぐ捌けてしまいました。フライヤーそのものに価値があるなんて嬉しい限りです。

 

twitterは長い間私のアカウントをフォローしてくれているフォロワーさんが多いので正直な話ショー内容よりも私が出るので来てみませんかと言うのもアリかなと思いましたが、自分にそこまで魅力があるとは思えず、とにかくSMに興味がある初心者が来やすいように敷居を下げて宣伝することを意識してみました。イベントに行ったことがない人は予約システムや当日の流れ、客層や初めて行く自分がその場に馴染めるかなど分からないことが多いように感じました。その不安がなくなれば来てくれるかもしれない。ありがたいことに順調に予約が入り続けました。

当日は予約してくれた方とそれ以外のお客さんでシアターPOOは立ち見が出るくらい満員になりました。伝次郎先生が前にポロっとこぼした「何十年も前はショーをやれば100人くらいの人が来て、壁が湿るくらいだった」には及びませんでしたが、会場は人が多すぎて演者もお客さんも汗だくでした。

 

ショーが始まり演者も見る側も1度経験したので今回は余裕を持って臨めるかなと思っていたのですが、前回同様打ち合わせがほぼなかったのでショーの展開にお客さんと同じくらい私もビックリしました。あれ全部ぶっつけ本番演技なしです。

伝次郎先生はスイッチ入るとビシバシ攻めてきますが、何だかんだ言って受け手の状態をよく確認してくれてSM中もユーモアに溢れているので色々すごいです。ふとした瞬間笑っちゃいます。

 

終演後、初めてSMショーを見た方から感想をたくさん頂きました。伝次郎先生と私の会話のやりとりが良かったという感想が多かったです。SMの行為自体ではなく、そのさらに向こう側をお客さんが見ていることが嬉しかったです。

私にとってSMは「自分の解放」だと思いました。おかしな話ですが、与えられた痛みにただ耐える選択肢のないSMが私にはストレス発散になります。考えて選択し続ける毎日を過ごす中で、相手に身を委ねて身動きできずに何も考えなくていい瞬間が欲しかったのかもしれません。色んな偶然が重なってこのような機会を与えて頂き私はとてもラッキーだと思いました。

 

大阪、京都、静岡、岩手からわざわざ遠征してきてくれた方々、仕事で忙しい中駆け付けてくれた友達、私のブログを10年前に知りそれからずっとネットで交流してくれている方、twitterを見て会ったこともない私を見に来てくれた方々、入院してるのに外泊届を出して見に来てくれたクレイジーすぎるあの人、来てくれて本当に嬉しかった。

そして伝次郎先生、あおいさん、麻弓さん、m@ricaさん、格子戸さん、大変お世話になりました。いつも素人のわがままを聞いて下さりありがとうございます。

 

 いつも勢いにまかせて自分でもどうかしてると思って色々なことをやるので、他人に全部を理解してもらえなくても私は構わないと思っています。けれど、私によって心動かされて行動してくれる上にその人達に認めてもらえるなんて、自分を抑えずこのままでいていいんだと思えました。優しく肯定された夜でした。ありがとうございました。

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苦手なことをやってみる【SMショーでM女をやった話】

何をするのか、どこへ行くのか、何を食べるのか。何かを決める際、好きなもの、得意なものを選ぶのが一般的かと思います。苦手なことは避けたい。何か提案を持ちかけられた時、少し前までの私は最初に考えすぎて、失敗するのが怖くて、興味があっても一歩踏み出せないことが多かった。

そんな私が就職の際に1番苦手とする人前で話す職業を選んだのはどう考えても自分にドMだったからでしょう。自分で決めた苦手なことを頑張ってみて、やり遂げて達成感を得ることが気持ちいいことを知りました。

 

色んな偶然が重なり、桜田伝次郎先生のSM浣腸ショーにM女として出ることになりました。伝次郎先生はSMショーを日本で初めて行ったというものすごいお方なのですが、酔っ払いの私はかなり軽い感じで話しかけてしまった記憶が残っています。初対面にも関わらずとても話しやすい方でした。そんな感じで口約束から始まった話ですが、先日無事デビューしてきました。

ショーといっても具体的な台本はなく、伝次郎先生曰く「俺と対話していればいいから」とのこと。軽い打ち合わせのみで何をされるか分からないままスタートしました。

私は緊縛や軽く叩かれたりするのは好きですがそれ以外はほぼ未経験。開始早々伝次郎先生の攻めに度肝を抜かれ早くも心が折れかけ、出演したことを既に後悔する始末。これから何をされるか分からない恐怖により、他のM女さんが鞭打たれているのに音だけで身体が反応してしまい、それを観客に見られていると思うと恥ずかしさよりも情けなさが強かったです。

普段は他人と目を合わせることが中々できない私ですが、ショー中は伝次郎先生のサングラスの奥の目ばかり追うことになりました。これは信用の証みたいなもので、目を見ていないと耐えられなかった。普段相手への信頼が少ないんだなぁ、だから目を合わせられないんだなぁと思いました。

攻められながらSMってなんなんだろうとグルグル考え強要されたことを放置プレイで耐えていたら、小さい声でエライと褒められました。ああSMの醍醐味はこれなんだなぁと思いました。芸を褒められて喜ぶ犬と同じです。四つん這いだったし笑

最終的に素が丸出しになり情けない声をあげている私の全身鳥肌に伝次郎先生は感動したらしく、ショー中に楽屋に携帯を取りに行きステージで私を撮影し出した時は思わず笑ってしまいました。先生お茶目過ぎます。

そんな感じで2時間20分のショーは幕を閉じました。体感時間1時間もなかった気がします。

 

最後にビックリしたのは思っていたよりも知り合いがたくさん来てくれたこと。頑張ったねと言われて嬉しかったです。

出演前はショーに出るのは一回限りにしようと思っていました。ですが、伝次郎先生がまたやりたいと仰ってくれ、次回出るなら見に行きたいという声をたくさん頂き、単純な私はその決意が揺らぎました。次はもっとビシバシ攻められてカッコよく受けたい。

伝次郎先生のショーはSMに詳しくないノーマルな人、むしろそういう人にこそ見てほしいショーだと思います。

 

人前で色んなものを晒してしまった今回の挑戦ですが、失ったものは何もなく得たものは大きく清々しい気持ちになりました。明日から仕事をまた頑張れそうです。

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コンプレックスは金で解決したらいい【深爪矯正した話】

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この写真は私の手の深爪矯正前と矯正後(矯正が終わってから1年後)の比較です。今回は私の深爪矯正について語りたいと思います。やたらドラマティックにしたので長いです。

 

私は物心ついた時から爪噛み癖がありました。

寂しさ、自分を分かってもらえない不安を感じた時、考え事をしている時、気持ちが辛い時に私は噛まずにはいられませんでした。基本的に365日毎日無意識に常に噛んでいました。血が吹き出そうが肉が見えようが関係なかったです。痛いけど、噛むのを我慢するくらいなら痛みに耐える方がマシ。気付いたら23歳になっていました。

 

私はふと思い立って深爪矯正について調べました。一般的なネイルサロンのコースのひとつとして深爪矯正コースがあります。もしかしたらこれで私は変われるんじゃないか?今まで爪噛みを治そうと頑張っては何度も失敗してきました。これで最後にしたい。死ぬほど検索しまくって1番自分に合いそうなネイルサロンの予約を取りました。

 

私の通っていたネイルサロンの深爪矯正コースは

施術内容に関わらず1回9000円

(2〜3週間おきに通って計8回:合計72000円)

というものでした。高い。めっちゃ高い。ちなみに一般的なネイルサロンでジェルネイルをしたら安くて1回2500〜5000円です。お店と内容によりますが、深爪矯正は基本割高です。安くないので気軽にやってみようとはならない。ですが、私が深爪矯正に成功したポイントのひとつはココです。

 

『これだけ金をかけたら、7万かけた爪だと思ったら、うっかり爪を噛めないのでは?!?』

 

これはかなり効果がありました。爪を見るたびにこれ7万!!!!と心の中で叫びました。7万を噛みちぎるなんて人間がすることじゃないですよね。要は気合いです。

 

そして、成功したポイント2つ目はネイルサロンが私に合っていたからです。マンションサロンだったので人の目が気にならない個室でカウンセリング・施術をしてもらいました。あとネイリストさんが元深爪だったので、深爪に対する悩みを相談しやすかったです。

まず、ネイルサロンは基本爪に悩みがある人が行かない場所ですよね。そこへ深爪を治しに行くというハードルの高さ。勇気を出して行ってみたものの、深爪のつらさを何も分かってくれないネイリストに対応され傷付いたという人も多いと聞きます。元深爪のネイリストさんのカウンセリングに私はかなり助けられました。爪噛み癖が異常であることくらい当事者はよく分かっています。周りの目にも気付いています。でもやめられない。経験者だからこそ、その気持ちに自然に寄り添ってくれる方でした。深爪のことを落ち着いて話せた相手は彼女が初めてでした。そこで彼女が「私は爪を噛まないように物理的にガードすることはできる。話も聞く。だけど、本人に本当に治したい気持ちがあって絶対に噛まないぞという意思がないと、深爪矯正を何回したって深爪は治らない。ダメな人は何度もここに戻ってくる。あなたはきっと大丈夫。」と言ってくれ、私はその時点で自分の深爪は治せるだろうと何故か確信しました。要は思い込みです。

 

さて、では具体的にどんな施術をしたのかというと、まずスカルプチュアという技術で爪の形を整えます。深爪は爪が横に広がりすぎてしまっているので、縦長になるように両脇を押さえて固定し、爪が伸びるのを待ちます。f:id:yuki227mogu:20161219224159j:image

 上の写真はスカルプチュアの上からセルフでマニキュアしてるので分かりにくいですが…この時は矯正初期で爪の形が幅広です。スカルプチュアは2回くらい付けました。その後は一般的なジェルネイルを厚めに塗って爪のピンクの部分を増やします。

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上の写真は矯正後期。厚めのジェルネイルをした状態です。ここまでくるともう深爪ではないですね。しかし、深爪の人は薬指の爪がやたら丸まってしまうという謎法則があるらしく、薬指と小指の爪は逆に横に広がるように矯正してもらっていました。あとは爪の育成には手の保湿、ネイルオイルをこまめに塗ることが重要らしく、ハンドクリームをとにかく塗っていました。

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私は爪の白い部分を見ると噛みたくなってイライラするので、矯正中はセルフネイルをして爪が見えないようにしていました。自分じゃ無理という場合はサロンによっては別料金でジェルネイルの色を選べたりアートしてもらえたりするので、気を紛らわせるのに良いかと思います。

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上の写真が矯正を終える頃です。矯正を終えてからはセルフネイルを常にしていました。爪噛み癖にとって素爪が1番噛みそうになり恐怖を感じるので。その後素爪で過ごしても平気になりました。

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 矯正を終えて約2年半後の今日の爪。ケアをサボっていたのでピンクの部分は減ってしまいましたが、深爪には戻っていません。

深爪の時は人前で手を出すのが苦痛だったし、誰とも手を繋ぎたくなかった。今は手が綺麗と言われるのが嬉しい。指輪を堂々と買いに行けるのが嬉しい。という感じです!

 

 

 爪噛み癖は精神病として精神科医に認知されています。当事者だった私もその通りだと思います。これを読んでいる爪噛み癖に悩んでいる方がいたら少し肩の力を抜いてほしい。病気だから専門家に力を借りていいんです。病気だから1人じゃどうにもできないと言って大丈夫です。

しかし、私がお世話になったネイリストさんが言うように「本人が絶対にやめるという強い意思を持たないとやめられない」病気だと思います。綺麗な爪でこういうことがしたい、というビジョンがひとつでもあるなら、深爪矯正をやって損はないと思います。というか、そういう目標があれば必ず成功します。

 

ちなみに私が通っていたネイルサロンでは深爪矯正のコースを終了していました。なんだか寂しくなりました。